サカイの図書館で愛について叫ぶ
「愛」とはいってもボーイズ・ラブ(以下BL)についてですが。
堺市のHPに「市民の声」Q&Aというのがあります、というのを最近になって知りました。
要するに「堺市の図書館にはBL本が多すぎる、けしからん」という内容のお便りですね。
まず、この市民の方、ヒステリックというか、苦情としても少し冷静になりましょうよ、という感じがしました。
「破廉恥」「セクハラ以外のなにものでも」「BLを購入しているような非常識な図書館」「堺市の図書館で働く人間は、一般常識を理解できない人間が多い」「市民の血税をBLなどに」「すみやかにBLを換金し、他の有益な図書の購入費に」云々。
これを読んでまず、「破廉恥」という言葉って新鮮だね、と同僚友人と話しました。
それはさておき、これがセクハラだとすれば、図書館側から利用者へのセクハラ、ということでしょうか。
BLに詳しくなく、(図書館員のくせに)大して調べもせずに書きますが、女性の妄想を女性のために女性が書いたもの、っぽい気がしてます。だとすると、男性が女性にやらしい画像とか見せて嫌がるのを喜んでるようなセクハラとは違うかなぁ、と。じゃあ、不快に思う人がいるのを承知で図書館が置いたのか、となるとやはりセクハラなのかしら。よくわからん。
あと、何が有益で何が無益か、何が有害で何が無害か、などの問題は昔から言われておりますが、線引きが難しいことです。「どうしてあの本は買うのに、この貴重な本を買わないのだ」というようなお叱りをお受けすることも多々ありますし逆に、「こむずかしい本ばっかりで普通の本(この時は「小説の類」の意でした)が少なすぎる」と言われることも。
それから、現実問題、廃棄処分したとしても換金して別の本を買うのは手続き上ムリっぽい気がします。私はその辺よく知りませんので、そういう担当の方に教えていただきたいです。堺もどう処理したんでしょう。
さて、これからが本題。というか問題。
そもそも、堺の図書館はどうしてそんなにBL本を置いたのでしょうか。
まぁ、全蔵書の何%かはよくわからないし、BL本というのはずいぶんたくさん出版されているそうだし、何年かかって購入した分かもわからない(調べて計算すればいいんでしょうが)。もしかしたら、案外普通の割合なのかも知れないですよね。でも、あの数値の出し方は、印象としては多そうな気がしてしまいます。
さて、BL本に限らず、図書館としての選書・購入基準はあるでしょうし、リクエストがあっても購入しない本はたくさんあるのが現状でしょう。寄贈図書だったとしても(いや、購入費が出てるから購入図書か)、やはり開架に大量に出す、というのはけしからんと思われても仕方ないでしょう。BLと他の小説の区別って難しいかも知れませんが、どうも表紙がかなりえげつない(いやん、私には詳しく書けない)ものがあるらしい。BLを置かないとするような基準はなかったから、どんどん購入した、ということかなぁ。購入の際に、BLかどうか、エロかどうか、なんていちいち気にしてない、と。
ウチの館にもフツウの(という表現もヘンだが)エロ小説官能小説も所蔵していますが、書庫に入っています(あ、単に古いからかな)。時々、資料としてエロっぽいのもありますね、開架にも。
BLだろうとエロ小説だろうと、別にあってもいいと思いますけどね。どの本がどの人にどのように喜ばれるかは様々ですから。
どっちにしても、リクエストに応じたとしても基準に基づいて買っているわけだから、それをはっきり示せばいいことでしょう。
図書館は資料収集の自由を有する(「図書館の自由に関する宣言」より)
です。
何らかの基準に基づいて購入したはずの図書を、クレームがついたから廃棄した、というのでは何やら情けない気がするのですが。実は置きたくなかったものを購入していたとすれば、それも何やらおかしな気がします。
自由に関する宣言に
個人・組織・団体からの圧力や干渉によって収集の自由を放棄したり、紛糾をおそれて自己規制したりはしない。
とありますし、
図書館は、将来にわたる利用に備えるため、資料を保存する責任を負う。図書館の保存する資料は、一時的な社会的要請、個人・組織・団体からの圧力や干渉によって廃棄されることはない。
ともあるのですが。
それについては堺市はどのように答えるのでしょうか。
さて、私の頭ではこの辺までしか考えられないのですが、他の図書館関係者のみなさまや、図書館利用者であるみなさまはどのように考えられるんでしょう?
よくわからなくなった時は、疑問提示型で終わります。
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